母の日にタンゴを思う

週末は実家に帰っていました。
母の日ということもあったのですが、母が体調を崩しており、父は祖母の入院見舞いで九州に帰って不在だったため。
静かな郊外の実家で家事をし、猫と戯れ、しばしタンゴとは無縁の生活。
しかしそんな中でもタンゴに関して一つ考えたことが。

うちの母は持病を患っており、特に今は家から出ることは難しい状態です。
関節の変形を伴う病気で、治るということはなく一生つきあっていく病気なのですが、もともと筋力があまりないということが、病気とつきあって生活していくことを難しくしています。何でもかまわないのですが、例えばタンゴのように身体を動かす趣味を一つでも持っていたら、だいぶ違ったはず。

母と同じか、もっと上の年代でタンゴを楽しんでいらっしゃる方たちは多く、そういう方たちを見ると、身体を動かすことを楽しんできたからこそ、パワフルな今があるんだなあと思います。

いい音楽と踊りたい相手がいて、リードする―身体を委ねるという関係さえ成立すれば踊れるタンゴ、究極は凝ったステップも何も必要なくて、歩くように自然な動きとアブラッソ(抱擁)だけがある、そういう踊りが、長い人生のためにできることはもっといろいろある・・・というと少し大袈裟でしょうか?

技巧を学ぶことや、ショー的な踊りを学ぶことを否定するわけではなく、また年配の方々ばかりが健康のために踊りに来る教室を作ろうということを言っているわけでもなく・・・ただ、本場アルゼンチンのミロンゲーロ・ミロンゲーラたちがごく自然に生活の一部としてタンゴを受け止めるように、日本でのタンゴももっと成熟していけないでしょうか?


それから、かつてスポーツなどで膝やアキレス腱を傷め、治らない故障を抱えながら、それでもタンゴが踊りたくて仕方ない!という方が多いことも最近わかってきました。
そういういろんな方たちと一緒にタンゴを踊っていくにはどうしたらいいか・・・?
これからもっともっと勉強するべき大きな課題ですね。

タンゴのことにとどまらず、身体のこと、人生のこと・・・学ぶべきたくさんのことについて、考えた母の日でした。(aia)

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この記事へのコメント

hayashi
2009年05月18日 13:46
ぐっとくるメッセージでした。私も年配の方と踊る機会がありますが、踊るということのパワーに圧倒されます。そしてタンゴに対する想いも誠実な方が多いように思えます。きっと今まで生きてきた人生も誠実なんでしょうね。
aia
2009年05月24日 22:05
hayashiさんこんにちは!メッセージありがとうございます。hayashiさんも似たようなことを感じていらしたようで、嬉しいです。

長く踊っている人にはそれぞれ、人生とタンゴの付き合い方があるんでしょうね。深いな~
そういうものが垣間見える瞬間が好きです。

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